【サービスとホスピタリティの違い③】自分で考えないスタッフが育成される医院とは

  • 「なぜ、こんなことも自分で考えられないんだ」
  • 「なぜミスして平然と「教えてもらってません」と言えるのか?」

スタッフに対して、こんな風にイラっと来た院長先生は多いのではないでしょうか。

こんにちは、日本歯科ホスピタリティ協会の河合良一です!

今回は「サービスとホスピタリティの違い」シリーズの続きです。サービスとホスピタリティの違いを「判断・責任」「他律・自律」という観点から、冒頭のセリフのようなことを考えてみたいと思います。

<「サービスとホスピタリティの違い」シリーズ>

この記事は使っている言葉など少し難しく感じるかもしれませんが、お読みいただければホスピタリティの理解がより深まるはずです。歯科医院のホスピタリティ化を目指したいという方はぜひご一読ください。

サービス=マニュアル・規則が判断を代行する

サービスでは、マニュアルや規則が人の判断・決断を代行しているという側面があります。

つまり現場の人がその都度、目の前の人に対してすることを判断・決断をしているのではなく、既にマニュアルよって規定されている中で判断・決断がなされています。

そして、それをきちんと行うことこそが「すべき仕事」となります。

保険診療はまさにサービスの領域です。ドクターは目の前の患者さん1人1人に対して丁寧に診断をされているはずです。しかし保険診療内の治療となると、国によって決められたルールの中でしか治療法や材料を選択することができません。保険適用をするならば、規定された範囲内で治療をすることが「保険医がすべき仕事」です。

自分で考えないスタッフが生み出される

院長先生や幹部は「考えて仕事をしよう」と言い続け、スタッフは「考えてます」と言っているものの、院長先生から見ると全然考えていないように見える・・・ということはありませんか?

スタッフ本人は考えて仕事をしているように感じていても、実際には決まりやマニュアルをしっかり遂行できるか、今起こっていることへの対応はマニュアル的には何が正しいかを考えて判断しているだけであることが多々あります。

つまり状況に応じて、その都度考え、判断・決断をするということをしていません。そのため、判断・決断どころか教わっていないことやルールで決まっていないことに対しては想定さえできないということが起こります。

考えているつもりでも、本当の意味での「自分で考える」行為がないのです。

実際の診療では状況は常に変わり、患者さんも1人1人異なります。そのため、いくらマニュアルを充実させても他律スタッフでは大した対応ができないのです。

それを自分で決断・判断できる(しなければならない)院長先生から見ると「なんで、そんなことも自分で考えられないんだ」「どうして言われたことしかできないんだ」とぼやきたくなる状態となります。

そもそも「考える」ということの質が違うため、当然ですね。

これをクリアしていくには、診療の経験値がまず必要でしょう。そして、それこそホスピタリティとサービスの違いを理解することや、状況判断と決断を繰り返し行わせ、それに対してフィードバックをしていくことが、手間はかかりますが近道だと考えています。

サービスは人を無責任にする

”サービスは客に無責任になっているが、雇用主には責任を取るシステムになっている。(中略)サービスが人を悪くするのは、雇用主の顔ばかり見ていて、客をみていないから、つまり自分のことしか考えていないことになっているからである。責任がひっくり返っているから、人間が悪くなる。” 「引用]出典新版ホスピタリティ原論 山本哲士 著

 

サービスが徹底されている企業では、現場のスタッフはマニュアル通りに仕事をきちんと行うことにこそ責任があり、マニュアル内でさえ仕事をすれば責任を取らずに済む、という姿勢になってしまうことがままあります。

結果、客に対して「それは、マニュアルにないのでできません」とルールのせいにして、自分で判断することも、責任を取ることも必要がないまま仕事をし続けます。逆に、マニュアルを遂行しない場合の責任は上司から問われます(罰せられる、怒られる)。

河合が体験した、サービス型マッサージ店

つい先日、面白い体験(当時は不快な)をしました。とある空港にあるマッサージ店の施術を初めて予約した時のことです。

WEB予約で90分コースを選択し、備考欄に「下半身のみ希望です」と書きました。ひどく腰と臀部、足が疲れていたためです。

予約時間になって店舗に行くと、担当の男性から「90コースは全身コースなので下半身のみはできません」と告げられました。

「では、上半身は少しだけにして、下半身に重点を置いてもらえませんか?」と言うと、「それはできません。全身コースなので。」という回答が。

「では下半身のみのコースはありますか?」と聞くと30分コースならあると言います。しかし、マッサージを定期的に受けている私には30分ではもの足りないことが明らかです。

「料金が高くなるのは構わないので、そのコースを3セット・90分コースでお願いします。」と言うとまた「それはできません」というのです。

この問答に疲れてしまい、腰の疲れは諦めて「キャンセルさせてください」とお願いをして、退店することとなりました。

面倒な客扱いされたなぁという、なんとも嫌な気持ちとともに・・・。

おそらくこの店では、上半身も下半身もほぐす部位や方法、順番までが画一的に決まっているお店なのでしょう。お店の都合では人の育成も効率がよく、施術の質を保ちやすいなどのメリットがあるのでしょう。事情は分かるし、面倒なのでクレームはいれませんが、まさにサービスの典型ですね。

客の疲れを癒すことよりもマニュアル通りにコースをこなすことが目的となっている「目的の転倒」がまずあります。そして、客を癒す・満足してもらうということには責任を持たず、マニュアルを守ることには責任を持っているという、分かりやすい例ではないでしょうか。

サービスの世界にいると「他律」になる

た‐りつ【他律】
1 自らの意志によらず、他からの命令、強制によって行動すること。⇔自律。”

https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E4%BB%96%E5%BE%8B/ 出典:デジタル大辞泉(小学館)

どうやら、サービスの世界が当たり前の状態にしばらくいると「他律」の思考が身に付くように感じます。考えること・決めることは人に任せるのが当たり前なので、自ら考える、自ら決めるという思考回路がすっぽりと抜け落ちていくのです。

指示通りやってミスすれば、指示した人の責任。マニュアル通りやって問題が起これば、マニュアルの責任。自らが責任を負うことがないので一見すると非常に楽な働き方です。

また、「なるべく責任を取りたくない、怒られたくない、ミスしたと思われたくない」という思考から、上司や先輩の顔をばかり見ることになり、客を見ない状態になります。

つまり、客のことを考えるより「自分を守ることしか考えていない」という構図にいつの間にかハマってしまいがちです(これは以前の記事でお伝えした、失敗できない職場環境にも一因があります)。

「それは教わっていません」という言い訳スタッフ

スタッフに注意をしたときに「それは教わっていません」という言葉に、イラっとした経験がある先生や先輩スタッフは多いのではないでしょうか。

本来は、医療に携わる人間として、そして社会人として、自分で考えて判断できるし、判断すべき状況だったとしても、

  • 「それは、マニュアルに書いてませんでした」
  • 「それは教わっていません。聞いていません」
  • 「先輩からは、こうやれと言われました」

自分の未熟さは棚に上げて、自分のミスやできていないことの責任を上司や先輩、マニュアルのせいにするスタッフもいますよね。院長先生や先輩がイライラする気持ちもわかります。

(※もちろん、医院として新人スタッフに基礎から丁寧に教える姿勢や仕組みがあることが前提です。)

「言い訳スタッフ」は本人が悪いのか?

このような仕事に対しての他律の姿勢を持つに至ったのは、本人が悪いというより育った環境が原因の1つとも考えられます。

例えば、公教育は他律的な学校がほとんどです。入学したら校則があり盲目的に受け入れざるを得ない。学習カリキュラムも決まっているので、他律で学び続けざるを得ません。

小中高とある程度決められたレールに乗っていれば、大きく道を外さずにみんなと同じ方向へ向かっているので安心安全・・・という経験をしてきた方がほとんどですよね。

他律スタンスで発言するスタッフがやる気がないとか反抗的で、そのスタッフ悪いというよりは、これまでの人生の中で自律的な思考・視点を身に付ける機会がなかったということではないでしょうか。

「教わっていません」と発言したスタッフに批判的・感情的にならずに、仕事のスタンスから育成をするくらい思考でいたほうが良いでしょう。

感情的に怒ると、他律のスタッフだらけになる

歯科医院において、院長先生や先輩が感情的に叱ったりイライラを表現したりしてしまう医院ほど、スタッフが萎縮をして患者の顔を見るよりも、院長の顔を見て仕事をするようになってしまう・・・というのはよく聞く話ですよね。

その場合にも、いつのまにか「言われたことだけやっていよう」「失敗すると面倒だから、黙々と、粛々と仕事をしよう」という思考になります。結果、自ら考えることをやめた他律的な働き方のスタッフができあがります。

そのような意味でも、感情的に怒る・叱るのはもちろん、怒らないまでもイライラした態度を表現して委縮させてしまうというのは人が育つことを著しく阻害するため、組織作りにとって非常にダメージが大きいですね。

ホスピタリティは自己判断が求められる

ホスピタリティは「その時、その人、その場所で」柔軟な個別の対応によりなされるもののため、マニュアルがありません。つまり、その都度、自分で考えて判断・決断をしないといけません。

自己判断、自己決断が必要なので、そこには自律的な責任においてものごとがなされている必要があります。つまり、自ら負っていいと思える責任、負いたい責任です。

もちろん、責任を負うというのはスタッフにとってはかなりのプレッシャーですよね。最初は、簡単で安全なことから「もっと患者さんのためのことをしていいんだ」という思える環境づくりが必要です。

また、責任を負いたいと思えるには「心」がポイントになっていきます。

それはまた次の記事でお伝えします。

医院全体のホスピタリティ化は一朝一夕では無理

複数のスタッフが自らの責任のもとにホスピタリティを行えるレベルに行くには、「医院として大切にしたいもの」への理解や、業務の経験・知識や意味の理解、倫理観、失敗できる環境など、いくつもの要素が必要となります。

これを読むと、スタッフが患者さんにホスピタリティができるようになるには、かなりハードルが高く感じるかもしれません。

結論を言うと、たしかに時間はかかります。

多くの場合には、ホスピタリティ化を目指す場合には、院長先生がホスピタリティを理解し、職場環境を整える。次には幹部スタッフがホスピタリティを身に付け、最後にその他のスタッフが身に付けるという順番です。

しかし、院長からホスピタリティを理解し、それを軸として医院経営をすることで、最初は少しずつ、そしてある時から職場の雰囲気や売り上げに反映されたことを実感するタイミングがきます。

医院のスタッフにはもっと育ってほしい、もっとみんなで患者さんのことを考えられる医院を目指したい。そんな願いがある先生には、チャレンジする価値があるはずです。

<「サービスとホスピタリティの違い」シリーズ>

シェアする

ページトップへ