Case Study
自費率45%は、ただの結果だった。
説明する人ではなく、一人の人として。
2026年7月16日の夜、一本のオンラインセミナーが開かれました。
登壇したのは、新潟県新発田市・いいじま歯科クリニック理事長の飯島浩先生と、同院でTC(トリートメントコーディネーター)を務める熊倉祥子さん、大島佳那さん。タイトルは「自費率45%は、ただの結果だった」。
進行役の河合は、冒頭でこう断っています。
河合
「今日は、自費率をどう上げるか、売り上げをどう上げるかみたいなことをお伝えする会ではありません」
では、何の会だったのか。
その数字が出たあと、現場で何が起きていたのか。それを、飯島先生と二人の言葉で聞いてほしい——河合はそう続けて、三人に場を渡しました。
このページは、その夜の記録です。
必殺技は、なかった。
いいじま歯科クリニックがTCを導入したのは、20年近く前のことです。
開業から10年ほど。患者さんは増え、診療は忙しくなる。その一方で、自費診療について飯島先生自身が説明する時間は、取れなくなっていきました。
飯島先生
「保険は少しずつ増えていくけど、自費はどんどん下がっていく」
そんなジレンマの中でTCという仕事を知り、導入を決めたといいます。
最初の担い手は、奥さまでした。子育てのかたわら、平日に週三日、半日程度。保険と自費の補綴物の違いを説明し、患者さんに選んでもらう「補綴コンサルテーション」から始めました。
無理をしない。最初は、できるタイミングで、できる人がやる。
そこから助手や受付へと担い手を広げ、診療室の片隅のテーブルは間仕切りのカウンセリングルームになり、廊下を一部つぶして二部屋になりました。「できる時にする」が「できるだけする」になり、やがて「必ずする」に変わっていく。数パーセントだった自費率は、10%、20%と上がっていきました。
そこで、壁に当たります。医院がもともと持っていた力にTCの力が加わって、20%あたりまでは上がる。その先が、動かない。
先へ進めたのは、TCが説明のプロに育ったことで、審美や矯正、ホワイトニングなど、新しい自費治療に医院として取り組む気構えができたからだと、飯島先生は振り返ります。新しい治療をいきなりTCに丸投げはしない。まず歯科医師がやってみて、軌道に乗ってからバトンタッチする。メニューが増えるほど、自費率は30%、40%へと広がっていきました。
飯島先生
「必殺技が何かあるっていうことじゃないんですよね」
カウンセリングの精度を上げる。説明の資料を整える。小冊子をつくる。一度つくった仕組みは、その後もずっと働いてくれる。地道なことをコツコツつなげていく。どこまでも、積み重ねの話です。
仕組みはできていました。数字も上がっていました。
それでも、この歴史にはもう一つの顔があります。2017年、飯島先生は河合と一緒に、ホスピタリティへの取り組みを始めていました。そこからずっと、医院の中では「一人で悪戦苦闘しているイメージ」だったと、第3期の最終回にアンケートへ書いています。
飯島先生
「仲間を増やしたい、同じ感性を持つ人が医院で欲しいと思っていましたが、なかなかここまで集まりませんでした」
第3期最終回アンケート
説明は、きちんとできていた。
ある時期から、飯島先生の中に「これで本当にいいのかな」という感覚が生まれてきます。
TCの仕事に、問題があったわけではありません。真面目で、説明はきちんとしていて、大きなトラブルもない。ただ、何年も前につくったスライドを使い回しながら、毎日、同じように説明している風景を、毎日見る。内容の更新を提案しても、体裁が整うだけで、中身はあまり変わらない。丁寧に情報を説明しているだけの繰り返しに見えてくる。
本当に患者さんは、それで納得してくれているのだろうか。
そして、もう一つ。
飯島先生
「TCがなんか楽しそうにあんまり仕事をしているようには見えないなっていうのが、一番の僕のもやもやだったんですね」
2023年、医院の移転に合わせて、飯島先生は一つ手を打ちます。TCの職種名を「メディカルマネージャー」に変え、一人の患者さんに一人が専属でつく仕組みにしたのです。カウンセリングだけでなく、受付も、会計も、電話も。患者さんとの接点を、意図してつくる職種でした。「大島さんに会いに行きたい」「熊倉さんがすごく親切に相談に乗ってくれるので、あそこの歯科医院に行きたいんだ」——そう言ってもらえる存在になっていきたい、という理想を掲げての制度です。
患者さんとの関わり方は、少しずつ変わっていきました。それでも、自分が思い描いているものとは、まだ何かが違う。もやもやは、残りました。
その風景の中にいた本人たちは、どうだったのか。
熊倉さんは2018年に中途で入社。受付からのスタートでした。先輩の姿を見て、TCとは「治療内容を分かりやすく説明して、理解してもらう仕事」だと思っていたといいます。
熊倉さん
「マニュアルやセリフを覚えること、伝え忘れとか言い間違いがないことに必死で、とにかく最後まで説明を終えることだけを考えていました。今振り返ると、患者さんと向き合うというより、間違いをしないことを一番大切にしていた時期だったと思います」
コンサルテーション中に患者さんの質問へ答えられず、同席していた先輩が代わりに答えたことがありました。途中から、患者さんも先輩のほうへ質問するようになる。自分はその場にいるだけのような感覚。向いていないのかもしれない、と落ち込んだこともあったそうです。
それでも一つずつ知識を身につけ、患者さんが「これにします」と納得してくださると、今日はちゃんとできた、と感じられるようになっていきました。
熊倉さん
「でも、今振り返ると見ていたのは、患者さんの気持ちではなくて、説明が伝わったかどうかだったと思います」
熊倉さん
「一通り仕事ができるようになった実感はあったのですが、その一方で、毎日同じ説明を繰り返しているような感覚もあって、このままでもいいのかなっていうふうに、モヤモヤを少しずつ感じるようになっていました」
大島さんは2022年、新卒で入社しました。
大島さん
「私も説明はできるようになってきたけれど、いまいち患者さんとしっかり向き合えていないような感覚があって、熊倉さんと同じようにもやもやしていました。今思うと、飯島先生や私たちも、メディカルマネージャーの仕事に対して何か物足りなさを感じていたのだと思います」
何を見てほしいのか、僕にも分からなかった。
二年前の2024年、飯島先生は二人に声をかけます。
うちで十何年もやってきたけれど、もう一つ殻を破れない。ちょっと外に、TCを学びに行ってみない——。
医院として、TCの形はできていました。数字も上がっていて、教育も育成も自前でできるようになっていた。それでも「でもね」と、二人を外へ送り出すことにしたのです。
このとき、飯島先生に明確な答えがあったわけではありません。何が足りないのか。外で何をつかんできてほしいのか。
飯島先生
「何を見てもらいたかったのかっていうのは、僕も答えを持ってなかったんですね」
答えを持たないまま、送り出したのです。
二人がまず向かったのは、セミナー会場ではなく、一軒の歯科医院でした。
あれも、やっていいんだね。
二人が訪ねたのは、兵庫県のある歯科医院。これから二人が受けるセミナーで講師を務める、現役TC・森さんの職場です。
大島さん
「医院見学で見た光景は、私たちが思っていたTCの姿とは全く違いました」
一番驚いたのは、森さんがパノラマ(レントゲン写真)に書き込みながら、患者さんと一緒に治療計画を読み解いていたこと。治療計画の説明はドクターがするもの——二人はそれまで、そう思っていました。
大島さん
「でも、森さんは治療内容を深く理解した上で、歯科医師と確認しながら、その患者さんに合わせて分かりやすく説明されていました。TCってここまで患者さんに関われるんだっていうような衝撃を受けました」
大島さん
「さらに、患者さんだけではなく、ドクターやスタッフからも相談される姿を見て、TCは説明する人ではなくて、医院の中心で患者さんを支える存在にもなれるお仕事なんだっていうふうに感じました」
大島さん
「見学が終わった帰り道では、熊倉さんと二人で、あれもやっていいんだねとか、自分たちにもできそうだねと、ずっと話して盛り上がったことを覚えています」
「すごい」で、終わりませんでした。患者さんをもっと知ること。準備の仕方を少し変えること。それなら、自分たちにもできるかもしれない。
大島さん
「それまで感じていたもやもやが、もっと学びたいとか、私たちも変われるかもしれないというワクワクに変わっていって、その時には、これから受けるホスピタリティTCセミナーがとても楽しみになっていました」
見学のあと、二人はホスピタリティTC養成スクール(第2期)を受講します。
大島さん
「実際にセミナーを受けて一番大きく変わったのは、コンサル前の準備ではなくて、患者さんを見る視点です」
以前は、何を説明するか、どう伝えたら分かりやすいかを考えて準備していました。それが。
大島さん
「セミナーを受けてからは、この患者さんは今どんな気持ちなんだろうとか、何を不安に思っているんだろう、何を大切にしている人なんだろうと、まずは患者さんを知ることから考えるようになりました」
大島さん
「患者さんを治療説明の相手ではなく、一人の人として見る視点を教えていただいたことが、私たちにとって一番大きな学びでした」
大島さん
「その中でも特に印象に残っているのが、状態設計という考え方です。状態設計とは、患者さんにどんな気持ちで帰っていただきたいかを最初に考えて、そこから逆算して関わるという考え方です。例えば、初診の患者さんなら、ここなら安心して通えそうと感じて帰っていただきたい。治療計画の説明なら、自分の口の中に興味を持てたと思っていただきたい。そのように患者さんごとにゴールを考えてから、コンサルの準備をするようになりました」
そうなると、コンサルテーションの時間だけでは足りない、という考えになっていきます。患者さんを知るには、もっと普段から関わることが大切なんじゃないか——。
熊倉さん
「そこで、私たちが最初に変えたのが、本当に小さなことでした。待合室で患者さんに一声をかけることです。何気ない会話から始めました」
カルテの見方も変わりました。治療内容だけでなく、前回どんな話をしたのか、どんなことを気にされていたのかまで見る。
熊倉さん
「すると、患者さんの方からも、ちょっと相談してもいいですか?っていうふうに話しかけてくださることが増えていきました」
派手な改革は、何もありません。待合室の一声と、カルテの読み方。変化は、そこから始まっています。
ご指名が、入るようになった。
そうした関わりを続けるうちに、患者さんが少しずつ本音を話してくれる場面が増えていきました。熊倉さんには、特に心に残っている出来事があります。
ある患者さんの、治療終了時のコンサルテーション。熊倉さんが以前かけた「先生には言いにくいことも、私には何でも言ってください」という言葉が、ずっと心に残っていた——患者さんは、そう伝えてくれたといいます。
熊倉さん
「さらに、何かあるたびに気にかけてくれて、自分の状態を分かってくれる人が、先生や歯科衛生士さん以外にもいることが、とても心強かったです。私は医療職なので、こういう関わり方は組織としても勉強になりました、というお言葉までいただきました」
熊倉さん
「その時に、説明ができたことよりも、患者さんに安心して相談できる存在になれていたんだ、というふうに感じることができました」
患者さんとの関わりが変わると、もっと役に立ちたいという気持ちも大きくなっていきました。以前はドクターが担っていた全顎的な治療計画の説明や、インプラントのコンサルテーションも、自分たちがしたい。最初は不安だったけれど、ドクターに教えてもらいながら、患者さんごとの治療計画を一緒に確認し、何を伝えるべきかを一つずつ学んでいったといいます。
変化は、二人の周りにも広がっていきます。
熊倉さん
「待合室で患者さんとの会話が長くなったときには、周りのスタッフが自然とフォローしてくれるようになりました。患者さんと向き合う時間を、みんなが大切な時間だと理解してくれているので、焦ることなく患者さんの話を聞くことができています」
この変化は、飯島先生の目にどう映っていたのか。
飯島先生
「一番驚いたのは、とにかくすごく楽しく仕事をするようになってきたっていうことです。働き方が一気に変わってきてました。この二人が変わることで、医院としても空気感が変わりましたし、何よりも患者さんの表情が大きく変わってきました」
飯島先生
「カウンセリングルームでは笑顔になって、それから笑い声が起きたりとか、それから患者さんから待合室で名前で呼ばれたりとか、ご指名で、熊倉さんにちょっと相談したいことがあるんですが、っていうことでご指名が入ってきたりとか。患者さんとの関係性が一気に変わっていくっていうことがあったんですね」
翌年の第3期には、二人の姿を見ていた後輩三人も、同じスクールを受講します。今度は、飯島先生自身も一緒に。
飯島先生
「同じようなことが大切と思って帰ってくると、医院の中が一気にその方向に変わっていくっていうのを、僕はすごい実感してるんですね」
このセミナーの前日には、院内勉強会で、その三人が全スタッフの前でセミナー報告をしました。自分たちがTCとしてこれからやっていきたいことを、自分たちの言葉で宣言した——飯島先生は「こんなに嬉しいことはない」と話しています。
飯島先生
「これがわずか一年半の間に起きたということも、すごい驚きです」
一緒に悩んで、一緒に選べる人。
しっかり説明ができる人。それだけでは、物足りない——今回の経験を、飯島先生はそう振り返ります。では、どんな存在なのか。
飯島先生
「説明できる人から、患者さんにとっては一緒に悩んだり、一緒に考えたり、それから一緒に安心して選べたりとか、決めたりできる。そんな身近にいる存在になれる人」
飯島先生
「患者さんとの信頼関係がうまくいってくると、医療の提供ってのは非常にスムーズにいきます。簡単に言うと、治療は非常にしやすいんですね」
患者さんが医院を信頼しているから、医療への素直な疑問が出てくるし、提案も素直に受け取ってもらえる。生き生きと働く姿は、待合室から受付、そして診療室へと少しずつ波及していく——飯島先生は、そう続けました。
熊倉さんも、同じことを自分の言葉で語っています。
熊倉さん
「患者さんが自分のお口のことで真剣に悩んで、結果出す答えが一番の正解なんだと考えられるようになりました。そこで私ができることは、患者さんと一緒に悩んで、一緒に考えることだと思っています」
信頼されるスタッフが大切なのは、誰でも分かっている。難しいのは、その信頼関係を、実際にどうつくるかです。飯島先生は、二人に何が起きたのかを、こう説明しました。
飯島先生
「人と人と、対人として、その人間関係が成熟して、いい関係になっていくっていう方法を、河合さんはそれは技術だと言って教えてくれるんですよね。彼女たちがそれをまずは信じてみて、実際してみたら、実際にそうだったっていうことを、証明してくれてます」
飯島先生
「TCの成長っていうのは、医院にとってとてつもない大きな力になると今感じてますし、それっていうのは、この先に非常に夢があるなあというふうに感じてるのが、今の私の感想であります」
あなたにとって、TCとは。
セミナーの最後、飯島先生は二人に尋ねました。あなたにとって、TCとは今、どんな仕事ですか。
熊倉さんの答え。
熊倉さん
「説明する人ではなくて、一人の人として向き合うお仕事だと思っています」
大島さんの答え。
大島さん
「私にとっては、自分らしさを生かして誰かのためになれるお仕事だなっていうふうに思います」
その夜、仕組みの話も、数字の話もありました。ただ、二人が「変わった」と語った中身に、数字は出てきませんでした。飯島先生が「驚いた」と語った中身にも、です。
自費率45%は、ただの結果だった。タイトルのとおりの夜でした。
熊倉さん、大島さん、後輩のみなさん、そして飯島先生が受講したのは、ホスピタリティTC養成スクールです。スクールの考え方や講座の詳細は、こちらでご覧いただけます。
※本記事は、2026年7月16日開催のオンラインセミナー「自費率45%は、ただの結果だった」(主催:一般社団法人日本歯科ホスピタリティ協会)の内容をもとに構成しました。