「チームワークを良くしたい」「スタッフが自発的に動く組織にしたい」——歯科医院の院長やマネージャーの方から、こうした相談をいただくことは少なくありません。私自身、前職のコンサル時代に何度も同じ壁にぶつかりました。売上は伸びているのに、人が辞める。仕組みは整っているのに、チームがまとまらない。ノウハウをいくら積み上げても、根っこの部分が変わらないのです。その原因をたどっていった先にあったのが「成功循環モデル」という考え方でした。
成功循環モデルとは?——4つの質が組織を動かす
成功循環モデルとは、MIT(マサチューセッツ工科大学)のダニエル・キム氏が提唱した組織論のフレームワークです。組織のパフォーマンスを「関係性の質」「思考の質」「行動の質」「結果の質」の4つで捉え、この循環のどこから始めるかによって、組織の景色がまったく変わるというモデルです。
SUCCESS CYCLE MODEL
この4つがどの順番で回るかが、組織の明暗を分けます。
多くの歯科医院では「結果の質」からスタートします。自費率を上げたい、キャンセル率を下げたい、医療収入を伸ばしたい。経営者として当然の関心です。しかし、結果から入ることで組織に何が起こるのか。私はこれまでの18年間、多くの歯科医院を見てきた中で、あるパターンに気づきました。結果を追いかけるほど、チームの関係性が悪化していくのです。
結果を追いかけるほど、チームが壊れていく理由
バッドサイクルは、歯科医院の日常の中で驚くほど簡単に起こります。
たとえば、予約のキャンセルが重なったとします。ユニットが稼働しなければ収益は落ちます。院長の表情が曇り、受付に「アポ埋めて」と強めの口調が出る。診療室の空気がピリつく。——これは結果の質(キャンセル=収益低下)から入ったことで、関係性の質が悪化した瞬間です。
BAD CYCLE
結果が出ない → 関係性が悪化 → 思考の質が低下 → 行動の質が落ちる → さらに結果が出ない……。この悪循環を「バッドサイクル」と呼びます。
関係性が悪化すると、次に影響を受けるのは「思考の質」です。私は講座でよくこんな例えを使います。「学校で嫌いな先生の授業を受けると、なぜか成績が下がりませんでしたか?」と。どんなに良い内容を話していても、関係性が悪ければ相手の頭には入らないのです。
これは新人教育の場面でも起こります。先輩との関係がうまくいっていない新人スタッフは、教わったことを素直に吸収できません。「なんであの人の言うことを聞かなきゃいけないの」という感情が思考を曇らせ、行動の質が落ち、結果として成長が遅れる。すると「やっぱりあの子はダメだ」と評価され、さらに関係性が悪化する。典型的なバッドサイクルです。
正直に言えば、かつての私自身がこの構造を助長していた側面があります。コンサル時代、ノウハウを提供して売上を伸ばすことには長けていました。担当した医院のほとんどが150%以上の業績アップを達成しました。しかし、数字が伸びるほどに見えてきたのは、主力スタッフの疲弊、離職、メンタルの不調といった「人の問題」でした。結果起点で組織を回し続けた先に、解決できない問題が山積していたのです。
転換の起点は「関係性の質」——コンサル時代の限界から得た確信
「コンサルタントなのに、なぜ問題が解決できないんだろう」——その無力感が約2年続きました。ビジネス書を読み漁り、他業種の成功事例を入れてみても、トンネルを抜けられない。そんなときに出会ったのが、哲学者・山本哲士先生の著書でした。読み進めるうちに、そもそも自分の前提が間違っていたのだと気づいたのです。
売上を「目的」にしていた。スタッフを「管理する対象」として見ていた。つまり、結果起点で組織を動かしていた。成功循環モデルの言葉を借りれば、まさにバッドサイクルの設計をしていたわけです。
では、このサイクルの回転方向を変えるにはどうすればいいのか。答えはシンプルです。起点を「結果の質」から「関係性の質」に変える。それだけで、組織の動き方が根本から変わります。
GOOD CYCLE
関係性の質から入る → 思考の質が高まる → 行動の質が変わる → 結果が出る → さらに関係性が良くなる。すべては関係性からスタートした方が、物事はうまくいきます。
関係性が良い状態では、後輩が分からないことを素直に質問できます。教える側も「この子に頑張ってほしいな」という気持ちで関わるので、教え方も丁寧になる。イライラしながら教えるのと、応援しながら教えるのとでは、お互いの行動の質がまったく違いますよね。当然、結果も出やすくなります。
実際に、ある医院の院長が講座後にこんな変化を報告してくださいました。「前回参加したスタッフ2名が自ら勉強し始め、コンサルの準備も自発的にやるようになった。何より、2人が仲良く楽しそうに話し合っている姿が感動的です」。結果を追いかけて指示を出していた頃には見られなかった景色が、関係性を起点にしたことで生まれたのです。
なぜホスピタリティの視点が組織づくりに効くのか
成功循環モデルは組織論の一般的なフレームワークですが、私はこのモデルをホスピタリティの視点と結びつけることで、歯科医院の組織づくりに深い変化が生まれると考えています。
哲学者・山本哲士先生が体系化したホスピタリティ理論では、サービスとホスピタリティは原理が異なるものとして明確に区別されます。サービスは「いつでも・どこでも・誰にでも」同じものを届ける仕組みであり、効率と標準化を重視します。一方、ホスピタリティは「いま・ここで・この人に」最善を届ける技術です。
この違いは、組織づくりにもそのまま当てはまります。サービスの原理で組織を動かすと、スタッフはマニュアルに従う「対象」として管理されます。効率を上げ、ルール通りに動くことが求められる。これは結果起点の発想であり、バッドサイクルの温床になりやすいのです。
私自身がコンサル時代に行っていたのは、まさにこのサービス原理の組織づくりでした。「自費率を上げるためにこう伝えなさい」「キャンセル率を下げるためにこのルールを作りなさい」——結果が目的であり、スタッフは結果を出すための手段。この構造に無自覚だったことが、問題の根っこでした。
対して、ホスピタリティの原理で組織を考えると、まずスタッフ一人ひとりとの関係性が起点になります。相手と自分を切り離さず(非分離)、共に医院を作っていくという姿勢です。結果を最優先にするのではなく、関係性の質を土台にして思考と行動を育てていく。成功循環モデルのグッドサイクルと、ホスピタリティの「非分離」の思想は、深いところでつながっているのです。
土台が変わると、見える景色が劇的に変わる。
関係性の質を高めるために、今日からできること
「関係性の質が大事なのは分かった。でも具体的に何をすればいいのか」——そう思われた方に、私たちの講座で実際に行っている取り組みを一つご紹介します。
私は講座の冒頭で毎回「クリアリング」というワークを行います。参加者が一人ずつ、プライベートなことを一分半ほど自由に話す。最近あったいいこと、嫌だったこと、何でも構いません。話し終わったら「クリアです」と言い、周りが拍手をする。それだけです。
たったこれだけのことで、初対面の人同士の関係性がぐっと近づきます。「ただの受講生」から「あの人」に変わるのです。プライベートなことを少し知るだけで、講師も「得体の知れない人」から「人間」になる。この小さな関係性の変化が、その後の学びの質を大きく左右します。
ある医院では、このクリアリングを朝礼に取り入れました。毎朝1分間、診療の話ではなくプライベートなことを共有する。始めた当初は「意味があるのかな」と半信半疑だったそうですが、数週間後にはスタッフ同士の声かけが明らかに増え、院長が見ても分かるほど空気が変わったといいます。先ほどの「2人が楽しそうに話し合っている」という院長の報告も、こうした関係性の土台があってこそ生まれた変化でした。
コンサルティングの現場でも同じです。私は初回の訪問で、まず丁寧に話を聞くことから始めます。ある医院では、院長の奥様がコンサルティングの冒頭で一人で一時間お話しされることがありました。普段、じっくり話を聞いてもらう機会がなかったのでしょう。一見すると「雑談」に見えるその時間の中に、医院づくりのヒントがたくさん含まれていました。結果を急がず、まず関係性を丁寧に育てる。遠回りに見えますが、実はこれが最も確実な道だと実感しています。
POINT
関係性の質を起点にすると、スタッフの思考が変わり、行動が変わり、結果がついてくる。結果を追いかけるのではなく、結果が生まれる土壌を耕す。それが成功循環モデルの本質です。
まとめ
歯科医院の組織づくりにおいて、成功循環モデルが示す最も大切なメッセージは「どこから始めるか」です。結果から始めれば関係性は壊れ、関係性から始めれば結果はあとからついてくる。チームワークの改善は、仲良しごっこではありません。一人ひとりとの関係の質を丁寧に育てることで、思考と行動の質が変わり、組織が動き始めます。まずは今日、隣にいるスタッフに「最近どう?」と聞いてみることから始めてみてはいかがでしょうか。
FAQ
Q スタッフが少ない小規模医院でも成功循環モデルは使えますか?
むしろ少人数の医院の方が効果を実感しやすいです。一人ひとりとの関係性をじっくり築ける分、思考や行動の変化も早く現れます。院長とスタッフの距離が近いからこそ、関係性の質がダイレクトに組織全体に影響します。
Q 関係性の改善にはどのくらいの時間がかかりますか?
一概に期間は言えませんが、クリアリングのような小さな取り組みを始めると、数週間で空気感の変化を感じる方は多いです。ただし、関係性は一度作って終わりではなく、日々育てていくものです。「何ヶ月で完成する」という性質のものではなく、継続することで深まっていきます。
Q 成功循環モデルとホスピタリティはどう関係しているのですか?
成功循環モデルは「関係性の質が組織を動かす」という構造を示す枠組みです。一方、ホスピタリティは「相手との関係の中に身を置く(非分離)」という哲学と技術を持っています。関係性の質を高めるために「何をするか」「どうあるか」を具体的に示すのがホスピタリティの役割です。モデルが地図なら、ホスピタリティは歩き方にあたります。
Q 院長一人で始めても意味はありますか?
院長が起点になることは非常に意味があります。組織の空気は、トップの姿勢から変わります。院長自身がまずスタッフとの関係性を丁寧にすることで、チーム全体の循環が少しずつ動き始めます。ただし、院長一人で抱え込む必要はありません。共に学ぶ仲間がいることで、変化は加速します。
河合 良一一般社団法人日本歯科ホスピタリティ協会 代表理事
歯科医院への経営支援歴18年。ノウハウ提供ではなく、医院ごとのホスピタリティを共に育てる「開発者」。
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※個々の医院の状況により成果は異なります。本記事は特定の治療効果を保証するものではありません。


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