「自費治療を勧めると、患者さんに嫌な顔をされるのではないか」「高いものを押し売りしているようで、どうしても罪悪感がある」——そんな思いを抱えながら自費提案に臨んでいるTCの方は、決して少なくありません。しかし、自費治療の提案はセールスではありません。その本質は、ドクターの治療計画に基づいて患者さんの健康を長く守る選択肢を伝える行為です。TC歴20年、3万人以上の患者さんと向き合ってきた経験から、自費提案の「本当の意味」をお伝えします。
なぜ自費提案を「セールス」と感じてしまうのか
自費治療の提案に対して罪悪感を持つTCの方に、私はまず「なぜそう感じるのですか?」と尋ねるようにしています。返ってくる答えはだいたい同じです。「高いものを勧められたと思われそうで不安」「実際に嫌な顔をされたことがある」「自分がセールスパーソンになったみたいで嫌だ」。
この罪悪感の根っこにあるのは、自費提案を「営業」だと捉えてしまっていることです。営業だと思うから、押し付けている感覚が生まれる。売り付けているという思いが生まれる。でも、私たちTCの仕事は営業ではありません。
私たちは、ドクターによる思いの詰まった正しい治療計画に基づいて、患者さんが納得できる治療を提案しています。その上で、より長く健康を維持できる方法・手段をご提案しているのです。ここに「売る」という行為は存在しません。
「自費治療を提案するとき、セールスだと感じてしまう」——その気持ちに心当たりはないでしょうか。もしあるなら、それは能力の問題ではなく、自費提案に対する「捉え方」が原因かもしれません。
「売る」はない、「買いたい」があるだけ
ホスピタリティTC養成スクールの講座の中で、河合代表がよく伝える言葉があります。「そもそも本質的に『売る』というものはない。売るというのは非常に主語的な行動で、こちらが売りたいから売る、というニュアンスがある。そうではなくて、患者さんが理解を深めて、『私はこの治療を受けたい』と思ったからこそ、初めて成り立つもの」だと。
つまり、TCの役割は「売ること」ではなく、患者さんが自分のお口の状態を正しく理解し、納得した上で治療を選べるようにサポートすることです。患者さんが「この治療を受けたい」と自ら思える状態をつくること。これは保険治療であっても自費治療であっても同じです。
だからこそ、「自費率を上げなきゃ」「セールスしなきゃ」というスタンスではなく、患者さんがどう理解を深めるか、どう納得するか、どう関係性をつくっていくか——そこにフォーカスを当てることが大切なのです。
「売る」はない、「買いたい」があるだけ。
自費金額は「ありがとう」を数値化したもの
自費提案への罪悪感を乗り越えるために、もうひとつ知っておいてほしいことがあります。それは、自費治療で得られた金額の「本当の意味」です。
私はいつもこうお伝えしています。「その自費治療で獲得した金額は、儲けではなく、患者さんからの『ありがとう』を数値化したものだと思ってください」と。
たとえば、1本のセラミッククラウンを患者さんが選んでくださったとします。その金額の中から、技工料、材料費、人件費、ホームページや広告の費用、技工士さんのスキルアップのための費用、新しいスタッフの採用費、家賃、借入金の返済、そして税金が出ていきます。残った利益は、スタッフの福利厚生やボーナス、研修旅行、セミナー参加費に充てられます。つまり、利益がなければスタッフが満足に勉強することもできませんし、医院の発展が滞ってしまうのです。
だからこそ、自費治療を選んでくださった患者さんがいるということは、医院がより良い医療を提供し続けるための基盤を支えてくださっているということ。そしてそのきっかけをつくっているのがTCなのです。河合代表はこう表現します。「自費を選んでくれた患者さんがいらっしゃるのは、こちらはいい医療を提供できるきっかけができた。さらに患者さんのありがとうの総量が増えるんだ」と。
この価値観を本気で落とし込むことができたとき、自費提案への姿勢は根本から変わります。メニューを渡すだけでも自費金額は上がることがあります。しかし、それをセールスだと思ってスタッフが渡し続ければ、いつまでも定着しない。渡せば渡すほどスタッフの心が削られていく。価値観が変わらなければ、数字が上がっても疲弊するだけなのです。
POINT
自費提案の成果は、数字だけでは測れません。スタッフの気持ち、患者さんの気持ち——数値化できない成果にこそ、本当の意味があります。価値観が変われば、数字は自然についてきます。
患者さんの「快・不快」を理解する——提案が届く条件とは
では、患者さんに提案が正しく届くためには、何が必要なのでしょうか。私がいつも意識しているのは、患者さんの「快・不快」の状態です。
脳科学の基本として、人は常に「快か不快か」で物事を判断しています。快とは、脳が心地よく、ワクワクしている状態。不快とは、不安や恐怖を感じている状態です。そして重要なのは、不快のスイッチが入っている状態では、どれだけ正しい説明をしても、どれだけ丁寧に伝えようとしても、いい記憶としてインプットされないということです。
なぜなら、不快の記憶は快の記憶よりも圧倒的に強い力で脳を支配するからです。これは人間が生存するために太古の時代から備わった仕組みで、危険を察知して命を守るために、不快という認識が優先されるように遺伝子レベルで組み込まれています。
多くの患者さんにとって、歯科医院は「痛い・怖い」場所です。治療のチェアは最も緊張する場所であり、ドクターが立つ位置は患者さんの視野に入らない——つまり、恐怖を感じやすい空間です。この「不快」の状態のまま自費治療の説明をしても、患者さんには届きません。
だからこそ、TCの存在が重要になるのです。チェアに座る前、あるいは治療の前後のカウンセリングで、患者さんの不安を受け止め、「なぜこの治療が必要なのか」「どういう選択肢があるのか」を、患者さんが理解できる言葉で伝える。不安が不満に変わる前にフォローを入れる。それが、患者さんの脳を「快」の状態に近づけ、提案が届く土壌をつくるのです。
歯科医師だけでは伝えきれないこと——TCが必要な理由
私が勤務する医院の山村義明院長は、「眼鏡のピント理論」という考え方を大切にしています。同じフレームの中でも、眼鏡のピントが合っているところと合っていないところがある。患者さんが理解できる「ピントが合っている部分」を話さなければ、どれだけ専門的で正しい説明をしても伝わらない、という考え方です。
山村院長はこう言います。「歯科医師は歯科医療のプロであり、歯の知識のプロである。ただ、その知識を患者さんが100%理解できるまで正しく説明できるかどうかは、歯科医師の専門領域ではない」と。相手がどんな言葉なら理解できるのか、どんな思いを抱えているのか、何に共感してほしいのか——それを探るには、専門用語だけでは不十分です。
しかも、診療に追われるドクターには、患者さんの背景やお気持ちを十分に聴く時間がありません。だからこそ、ホスピタリティの精神を持ったTCが患者さんに寄り添い、患者さんの希望や悩みを把握し、ピントが合った部分を説明して理解と納得を生み出していく。TCの存在は、良い治療を届けるために必要不可欠なのです。
ピント理論にはもうひとつ大事なポイントがあります。ピントが合っている状態で説明を受けた患者さんは、帰宅後にご家族へ70〜80の再現度で説明できます。するとご家族も「なるほど、それはいい治療かもしれないね」と納得される。一方、ピントが外れた説明では30〜40の再現度しかなく、ご家族は「よくわからない治療はやめておいたら」と反対してしまう。つまり、TCのカウンセリングの質が、患者さんのご家族の理解にまで影響するのです。
TCは医院の大黒柱——使命感を持つということ
私は20年間、TCとして現場に立ち続けてきました。その経験から確信をもって伝えたいことがあります。TCは医院の大黒柱です。その自覚と責任感を持ってほしいのです。
TCの仕事は、治療の説明をすることでも、契約を取ることでもありません。患者さんとの関係をつくり、納得を生み出し、共に歩むことです。環境のプロである受付、ティーチングのプロである歯科助手、予防のプロである歯科衛生士、治療のプロであるドクター——それぞれの専門性を持つチームの中で、TCは「的確に伝え、患者さんを正しい治療へ導いていく」橋渡し役を担っています。
私がTC1年目に徹底したことが3つあります。ひとつは、患者さん向けの歯科雑誌を毎月丸暗記したこと。専門用語を使わずに患者さんがわかりやすい言葉で説明するためです。Q&Aコーナーを覚えることで、「患者さんが何を質問したいのか」まで先読みできるようになりました。
2つ目は、院長の患者さんへの説明を背後からレコーダーで録音し、一言一句を書き写して覚えたこと。TCにとって最もあってはならないのは、ドクターの方針説明とTCの伝え方に相違が出てしまうことです。院長の頭の中と自分の言葉を完全に一致させること——それがTCを極める第一歩だと考えました。
3つ目は、日々のカウンセリングを日記のように記録し続けたこと。うまくできたこと、できなかったこと、患者さんに褒めていただいたことを書き留めていきました。実はこの記録ノートが出版社の方の目に留まり、後に書籍として出版される機会にもつながりました。
当時のノートの最後に、こんな言葉を書いていました。「日々100人近くの患者さんの対応をして、一人ひとりの患者さんを覚えるのは至難の技かもしれない。しかし、私たちにとって患者さんは何百人の中の一人であっても、その患者さんにとって私は安心して心を許せるたった一人の存在だったのなら——患者さんが笑顔になるサポートをすることが私の使命です」。この思いは、20年経った今も変わっていません。
まとめ
自費治療の提案は、セールスではありません。患者さんの健康を長く守るための選択肢を、理解と納得の上でお伝えする行為です。そしてその自費金額は、患者さんからの「ありがとう」を数値化したもの。この価値観を自分のものにできたとき、TCとしての提案に誇りが生まれます。患者さんの「快」の状態をつくり、ピントの合った言葉で伝え、信頼関係の中で共に歩んでいく。それがホスピタリティ型TCの使命です。
FAQ
Q 自費治療を提案すると患者さんに嫌がられませんか?
患者さんが嫌がるのは「自費治療の提案」そのものではなく、自分の気持ちや状況を理解されないまま高額な治療を勧められることです。患者さんの話をしっかり聴き、不安を受け止めた上で選択肢としてお伝えすれば、多くの場合「教えてもらえてよかった」という反応に変わります。
Q 自費金額が「ありがとうの総量」とはどういう意味ですか?
自費治療の金額は医院の「儲け」ではなく、その大部分が技工料・材料費・人件費・設備投資・スタッフ教育費に充てられます。つまり、患者さんが自費治療を選んでくださることで、医院がより良い医療を提供し続けられる基盤が支えられているのです。患者さんの「ありがとう」が、医院全体の成長につながっている——そういう意味です。
Q 自費提案への罪悪感を克服するにはどうすればいいですか?
まず、自費提案を「営業」と捉えている自分の前提に気づくことが出発点です。TCの仕事は売ることではなく、患者さんが自分の健康にとって最善の選択をできるようサポートすること。この価値観を自分の中に落とし込むことで、提案への姿勢は自然と変わっていきます。
Q TCとしてのスキルを高めるために最初に取り組むべきことは?
私が最初に実践したのは、患者さん向けの歯科雑誌を毎月読み込み、専門用語を使わない説明の言葉を身につけることでした。患者さんが「何を知りたいのか」「何に不安を感じるのか」を理解する力は、専門書ではなく、患者さんの目線に立った情報から養われます。
中村 綾ホスピタリティTC養成スクール パートナー講師 / 医療法人翠章会 すまいる歯科 統括副院長・TC
TC歴20年、対応患者数3万人超。介護職から歯科に転身し、現場で積み上げた「聴く力」で信頼を築き続けている。
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※個々の医院の状況により成果は異なります。本記事は特定の治療効果を保証するものではありません。


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