ホスピタリティは「おもてなし」ではない

障子から光が差し込む茶室に置かれた茶碗|ホスピタリティとおもてなしの違い

「ホスピタリティって、おもてなしのことでしょう?」——私はこれまで何度、この言葉を聞いてきたかわかりません。ホスピタリティとは、単なるおもてなしや接遇ではありません。哲学者・山本哲士が体系化した学術としてのホスピタリティは、「哲学」であり「技術」です。哲学だから考え方の土台になり、技術だから練習すれば誰でも身につけられる。つまり、再現性がある。この記事では、「ホスピタリティ=おもてなし」という広く浸透した誤解を解きほぐしながら、歯科医療の現場でホスピタリティがなぜ必要とされているのかをお伝えしていきます。

目次

なぜ「ホスピタリティ=おもてなし」は誤解なのか?

日本では「ホスピタリティ」と聞くと、旅館の女将さんが三つ指をついてお客様をお迎えする姿を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。あるいは、上質なサービス、心のこもった接客、気遣い——そういったイメージです。

実際、私たちが主催するセミナーでも、初めていらっしゃる方の多くが同じイメージを持っています。以前、特別講座の冒頭でこうお伝えしたことがあります。

「おもてなしのことを学べるのかなと思っている方がいらっしゃるかもしれないですが、初めにお伝えしておくと、今日おもてなしとか接遇の話ではございません。」——特別講座の冒頭でいつもこうお伝えしています。

これを聞いて驚かれる方もいらっしゃいます。でも、ここがまさに出発点なのです。

おもてなしは、もともとホスピタリティから生まれたものです。お客様に気持ちよく過ごしていただくために、どのような所作をすればこの空気を壊さないか、上品に感じていただけるかを考え抜いた結果、文化技術として磨かれていった。それが、旅館やホテルで今日行われている「おもてなし」の原型です。

ところが、この文化技術がマニュアル化されると、話が変わります。「お客様がいらしたら、こう挨拶する」「退出時にはこう見送る」——所作だけが残り、その奥にあった「この人にいい体験をしていただきたい」という気持ちが抜け落ちてしまう。形だけの所作は、もはやサービスの領域です。つまり、おもてなしはサービスにもホスピタリティにもなりうる、その中間に位置するものなのです。

わかりやすい例をひとつ。お店で買い物をしたとき、店員さんが出口までお見送りをしてくれることがありますよね。ほとんど会話もなく会計だけを済ませた後、10メートルほど一緒に歩かなければならない。正直、気まずかったりする。おそらく「ご購入いただいた方はお見送りをしましょう」というマニュアルがあるのでしょう。一方で、買い物中に楽しい会話があり、自然な流れでお見送りしてくれた場合は、最後のコミュニケーションの機会として、お互いに気持ちのいい時間になります。同じ「お見送り」でも、サービス的なお見送りとホスピタリティ的なお見送りがあるわけです。

歯科医院でも同じことが起きています。接遇研修で美しい言葉遣いを学ぶ。マナーとして全員が実践する。それ自体は大切なことです。しかし、「何のための丁寧な言葉遣いなのか」「患者さんに何を感じてほしいのか」が見えなくなってしまうと、所作だけが先行するサービス的なマナーになってしまいます。

ホスピタリティとは「哲学」であり「技術」である

では、ホスピタリティとは何なのか。私が山本哲士先生の『ホスピタリティ原論』と出会ったとき、最も衝撃を受けたのがこの一点でした。

POINT

ホスピタリティとは、哲学であり、技術である。哲学だから考え方の土台になり、技術だから練習すれば身につく。そして言語化されているから再現性がある。この三つが揃っているからこそ、個人の才能に依存しない組織の力として育てていくことができる。

「哲学」とは、考え方の土台のことです。OSと言い換えてもいいかもしれません。パソコンにWindowsやMacといったOSがあるように、私たちの仕事にも「どういう考え方の軸を持っているか」というOSがあります。何かトラブルが起きたとき、効率をひたすら重視して解決するのか、立ち止まって患者さんの感情を大切にして解決するのか。どちらのOSで動いているかによって、判断も行動も、結果も変わっていきます。

一方、「技術」とは何か。例えば歯科衛生士の皆さんにとってのSRP(スケーリング・ルートプレーニング)を想像してみてください。歯周ポケットを3mm以下にするための技術。教科書で学んですぐにできるわけではなく、練習を積み重ねて身につけていくものですよね。ホスピタリティも同じです。Aという状態からBという状態に移す——そのための技術が、ホスピタリティにはあります。

技術であるということは、練習すればできるようになるということです。私自身、正直に申し上げれば、もともと「思いやりって何だろう?」と首をかしげるようなところからスタートした人間です。ホスピタリティの天然物ではまったくない。後から学んで、「ああ、こういうことなのか」と理解し、一生懸命やってみて、少しずつ身についてきた。できなかった人間ができるようになる。だからこそ人に伝えられるし、再現性が生まれるのです。

私がこのことに気づいたのは、ある意味で「限界」を感じていたからです。前職のコンサルタント時代、ノウハウを提供して売上を上げることには長けていました。担当した医院の売上は130〜400%に成長し、地域でトップクラスになった医院もあります。ただ、成長するほどに問題も顕在化していきました。主力スタッフの疲弊や離職、心を病むドクター、受付が定着しない。見た目はうまくいっているのに、内情は違う。ノウハウだけでは解決できない問題がそこにあったのです。

そんなときに出会った山本哲士先生の『ホスピタリティ原論』は、私の仕事観そのものを変えました。ホスピタリティは心がけでも感性でもなく、体系化された哲学と技術の総体だった。だからこそ、それまで解けなかった問題に対して、新しいアプローチが可能になったのです。

「再現性がある」とはどういうことか?

ここは多くの歯科医院にとって、とても重要なポイントです。

優秀なTCが一人いて、その人の感覚で素晴らしい患者対応をしている。でも、後輩から「どうやってるんですか?」と聞かれると、「普通にやってるだけだよ」「丁寧に話せば決まるんだもん」と答える。悪気はないのですが、これでは後に続く人が学べません。「丁寧」の質が全然違うのに、その違いが言語化されていないから伝わらない。

ホスピタリティが技術として言語化されているということは、この壁を越えられるということです。なぜそうするのか、どういう原理で関係性が生まれるのか、何を意識して判断するのか——これらが言葉になっていれば、人に伝えられる。組織の中で共有できる。つまり、一人の天才に依存するのではなく、チーム全体の力として育てていくことができるのです。

私たちのスクールでは、ちょっと馴染みのない言葉もたくさん出てきます。最初は戸惑う方もいらっしゃいます。ただ、あえてその言葉を共有するのは、再現性を生むためです。言葉になっていないものは、その人の中にはあっても、他の人にはなかなか伝えられません。

言語化されているから、伝えられる。伝えられるから、再現性が生まれる。

ホスピタリティの語源が教えてくれること

ホスピタリティという言葉の語源をご存じでしょうか。山本哲士先生によれば、ラテン語の「hostis(ホスティス)」——その意味は「敵」です。

「敵」と聞くと驚かれるかもしれません。ただ、ここでいう「敵」とは、戦う相手のことではありません。自分たちの価値観とは違うものを持ち込んでくる可能性のある相手、という意味です。

患者さん一人ひとりには、それぞれの背景があり、価値観があり、事情があります。自分たちとは異なる考え方を持っている方が来院されることもある。そのとき、マニュアル通りの対応だけで本当にその方に寄り添えるでしょうか。ホスピタリティとは、異質な他者を歓待し、関係性を壊すことなく、気持ちよく帰っていただく技術でもあるのです。

ここに、おもてなしや接遇との決定的な違いがあります。おもてなしは「こうすれば喜ばれるだろう」という型を磨いたもの。ホスピタリティは「目の前のこの人にとって何が最善か」を、自分で感じ、判断し、行為するものです。

歯科医療にホスピタリティが必要な理由

歯科医療の現場は、まさにホスピタリティが求められる場です。

患者さんは一人ひとり違います。同じ「歯が痛い」でも、その奥にある不安や事情は人によってまったく異なります。仕事を休めない方。歯科恐怖症を抱えている方。過去に嫌な経験をされた方。お子さんの将来の歯並びを心配している親御さん。それぞれに、必要な言葉も、必要な対応も違うはずです。

「いつでも・どこでも・誰にでも」同じ対応をするのがサービスの原理。対して、「いま・ここで・この人に」何が最善かを考えて対応するのがホスピタリティの原理です。

サービス ホスピタリティ
対象 いつでも・どこでも・誰にでも いま・ここで・この人に
対応の基準 マニュアル・規則(他律的) 自分で判断・柔軟に対応(自律的)
関係性 自分と相手を切り離して扱う(分離) 相手との関係の中に身を置く(非分離)
目指すもの Better(他より良いもの) Good(この人にとって良いもの)

どちらが良い・悪いではありません。サービスにはサービスの役割があり、医院運営に不可欠な部分もたくさんあります。大切なのは、この二つの原理の違いを知った上で、使い分けられるようになること。そして、患者さんとの関係性を本当に深めたいと思ったとき、ホスピタリティの技術がそこにあるということです。

マニュアル型のTCをやっていた方が、ホスピタリティの考え方に触れると「景色が変わる」とおっしゃいます。それは、やり方が変わるだけでなく、あり方——つまり自分が仕事をする上での哲学が変わるからです。

ホスピタリティの世界では、頭で考えることだけでなく、心で感じることも大切にします。患者さんの話を聞いて「しんどそうだな」と感じる。「何かしてあげたい」と思う。でも今の状況ではこうだから、こういう対応がいいのではないか——頭と心の両方を使って、その場で判断し、行動する。これがホスピタリティの実践です。効率を最優先にすると、この「心で感じる」部分がどうしても後回しになります。忙しい日々の中で心を失いがちになる。だからこそ、意識的にその時間と余白を作っていくことが、ホスピタリティを実践する上での大きな課題にもなります。

まとめ

ホスピタリティは、おもてなしでも接遇でもありません。哲学者・山本哲士が体系化した、哲学と技術の体系です。哲学だから考え方の土台になり、技術だから練習すれば身につく。そして、言語化されているから再現性がある。この三つが揃っているからこそ、ホスピタリティは個人の才能に依存しない、組織の力として育てていくことができるのです。

「この人にとって何が最善か」を自分で感じ、考え、行動する——その一歩を、まずはホスピタリティとおもてなしの違いを知ることから始めてみてはいかがでしょうか。

FAQ

よくある質問

Q ホスピタリティとおもてなしは同じものですか?

違います。おもてなしはホスピタリティから生まれた文化技術ですが、マニュアル化されると所作だけが残り、サービスの領域に近づいていきます。ホスピタリティは「目の前のこの人にとって何が最善か」を自分で判断し行為する哲学と技術の体系です。

Q ホスピタリティは才能やセンスが必要ですか?

いいえ。ホスピタリティは「技術」として言語化されているため、練習すれば誰でも身につけることができます。歯科衛生士がSRPを練習で上達させるのと同じように、繰り返しの実践によって磨かれていくものです。

Q 接遇研修をやっていればホスピタリティは不要ですか?

接遇研修は所作やマナーを身につけるうえで大切ですが、「なぜそうするのか」という土台がなければ形だけのサービスになりがちです。ホスピタリティは、接遇の奥にある「考え方の土台」と「患者さんとの関係を作る技術」を提供するものです。

Q 「再現性がある」とはどういう意味ですか?

優秀なTCの対応力が言語化されていれば、後輩にも伝えられ、組織全体で共有できるということです。一人の天才に依存するのではなく、チーム全体の力として育てていくことが可能になります。

Q ホスピタリティの語源が「敵」というのは本当ですか?

はい。ラテン語の「hostis(ホスティス)」が語源で、自分たちとは異なる価値観を持つ相手を意味します。異質な他者を歓待し、関係性を壊さずに迎え入れる——それがホスピタリティの本来の姿です。

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河合良一

河合 良一

ホスピタリティTC養成スクール代表 / 一般社団法人日本歯科ホスピタリティ協会 代表理事

歯科業界18年。前職のコンサルタント会社で売上拡大を支援する中で「ノウハウの限界」に直面し、山本哲士のホスピタリティ理論と出会う。以来10年、ホスピタリティを土台にした医院づくりに取り組む。ノウハウを渡すのではなく、共に見つけ、育てる「ホスピタリティ開発者」。

※個々の医院の状況により成果は異なります。本記事は特定の治療効果を保証するものではありません。

障子から光が差し込む茶室に置かれた茶碗|ホスピタリティとおもてなしの違い

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この記事を書いた人

河合 良一のアバター 河合 良一 ホスピタリティTC養成スクール代表/一般社団法人日本歯科ホスピタリティ協会 代表理事

ホスピタリティTC養成スクール代表/一般社団法人日本歯科ホスピタリティ協会 代表理事|歯科業界で18年。難解なホスピタリティ理論を、現場で使える言葉と技術に翻訳する人|山本哲士のホスピタリティ理論・文化資本論を基盤に、歯科医院にてホスピタリティ開発を行う。

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