「サービス」と「ホスピタリティ」はよく似た言葉として使われます。しかし、この二つは「良い・悪い」の問題ではなく、原理そのものがまったく異なります。歯科医院の経営に落とし込むときも同様です。まずはサービスとホスピタリティの違いを知ると、見える世界が変わります。
サービスとは「いつでも・どこでも・誰にでも」同じものを届ける技術。ホスピタリティとは「いま・ここで・この人に」最善を届ける技術。この違いを理解することが、歯科医院経営の質を根本から変える第一歩です。
「自費率を上げたい」「キャンセル率を下げたい」「スタッフの定着率を改善したい」——こうした経営課題に対して、業界にはノウハウが溢れています。「こう説明すれば自費が決まる」「こういう仕組みを入れればキャンセルが減る」。実際に成果が出るものも多いでしょう。
しかし、ノウハウを積み上げても解決できない問題に直面したことはないでしょうか。
見た目はうまくいっている医院なのに、主力スタッフが疲弊して辞めていく。数字は伸びているのに、院長自身がどこか満たされない。——その経験に心当たりはないでしょうか。
この記事では、こうした問題の根本にある「サービスとホスピタリティの原理の違い」について解説します。日々の患者対応やスタッフとの関係性にも、きっと新しい視点をもたらしてくれるはずです。
サービスとホスピタリティは「程度の差」ではなく「原理が違う」
以前はノウハウを標準化して歯科医院に落とし込む仕事をしていました。担当した医院の売上は130〜400%に成長し、地域トップクラスの規模になった医院もあります。
ノウハウには力がある。それは確かでした。
ただ、成長するほど顕在化する問題がありました。主力スタッフの疲弊や離職、心を病むドクター、受付が定着しない。見た目はうまくいっているのに、内情は違う。解決に向けてノウハウを積み上げても、トンネルを抜けられない時期が2年ほど続きました。
転機は、哲学者・山本哲士先生の『ホスピタリティ原論』との出会いです。
読み進めるほどに、自分自身の根本から転換が必要だと気づきました。それまでの自分は、良かれと思いながらも「売上を上げること」を目的にしていた。成長の先にある問題は、その土台そのものから来ていたのかもしれません。
POINT
山本先生が明らかにされたのは、サービスとホスピタリティは「程度の差」ではなく「原理が違う」ということ。原理が違うということは、対象も、技術も、思想も、経済の設計も、すべてが異なるということです。
「いつでも誰にでも」と「いまここでこの人に」——何が違うのか
サービスの本質は「1対多数」の価値提供技術です。
マクドナルドを思い浮かべると分かりやすいかもしれません。日本全国どこに行っても同じ味のハンバーガーが食べられる。季節の推しメニューも全国共通。いつ、どこで、誰が買っても同じものが出てくる。これがサービスの強みであり、効率的に多くの人に価値を届ける優れた仕組みです。
対してホスピタリティは「1対1」の価値提供技術です。
いま、この瞬間、この場所で、この人に何をするか。しかも「してあげたい」という気持ちから行うものです。たとえば、常連の好みを覚えていて、何も言わなくても「いつもの」が出てくる個人の寿司屋。一人ひとりの背景が違うことを前提に、個々に対応していく。商売としては一見非効率に見えますが、関係性を築くという点では、実は非常に合理的な世界です。
歯科医院で考えてみましょう。すべての患者さんに同じ説明を同じ順番で行い、同じ資料を渡す。これはサービスの発想です。一定の成果は出ますし、効率的でもあります。
一方で、目の前の患者さんが何に不安を感じているのか、どんな背景を持っているのか、どんな言葉なら心に届くのか——そこに目を向けて対応を変えていくのがホスピタリティです。
大切なのは、どちらが正しいかではありません。目的によって使い分けることです。分院展開のように規模を広げる局面ではサービス型の設計が有効ですし、一人ひとりの患者さんとの関係を深める局面ではホスピタリティの技術が力を発揮します。
なぜ「マニュアル通り」だけでは限界が来るのか
サービスの世界では、マニュアルが判断の中心にあります。マニュアルに書かれたことをしっかりやることがミッション。だからこそ効率的に回るのですが、一方で弊害も出てきます。
マニュアルがすべてを規定していると、スタッフは自分で考えて判断する機会を失います。決められたことをやるのが仕事なのだから、それ以外のことをする必要がない。なんなら、マニュアルと違うことをすると注意される環境もある。これが続くと、院長先生がよく口にされる「うちのスタッフは自分で考えて動かない」という状態が生まれます。
もう一つ。自分たちの役割を果たすことには責任を持つけれど、目の前の患者さんの気持ちや満足度には責任を持たない——そんな構造にもなりがちです。効率や利益、ルールという「自分たちの世界」を優先するので、患者さんの背景や感情を深く見る必要がなくなっていく。むしろ見てしまうと個別対応が必要になって効率が落ちるから、「見ない方がいい」という判断にすらなることがあります。
ホスピタリティの世界は、その逆です。
マニュアルがあったとしても、それを超えて目の前の人に柔軟に対応する。そのためには自分で判断し、自分の責任において行動する力が必要になります。自律的であることが前提なのです。
私たちのTCスクールでいつもお伝えしていることですが、型を身につけただけの段階では、ある程度の成果は出ます。たとえばユニット4〜5台の医院で補綴コンサルをやっていなかった方が、型通りにやるだけで自費金額が月200〜250万円に到達するケースもあります。
しかし、型だけだと必ず限界が来ます。TCとしての成長が止まり、やりがいが上がらず、患者さんとの関係性も深まらない。その限界を突破するために、ホスピタリティの視点が必要になってきます。
ホスピタリティは「おもてなし」ではない——哲学であり技術である
「ホスピタリティ」と聞くと、多くの方が「おもてなし」「上質なサービス」「気遣い」をイメージされると思います。しかし、ここでお伝えするホスピタリティはそれとは次元が異なります。
ホスピタリティは哲学であり、技術です。
哲学とは、考え方の土台のこと。仕事のあり方、人生観そのものです。この土台がどうなっているかで、何かが起きたときの判断や選択が変わります。「とにかく効率重視で問題解決する」のか、「立ち止まって患者さんの感情を大切にしながら問題解決する」のか。どちらのスタンスでいるかによって、考え方も行動もまったく変わってきます。
技術とは、AからBへ状態を変える力のことです。虫歯を修復する、歯周病を改善する——これらが技術であるように、ホスピタリティも技術です。言語化されているので、学べば使えるようになります。
ただし、教科書を読んですぐにできるものではありません。歯科衛生士がSRPを何度も練習するように、ホスピタリティも繰り返し実践することで身についていきます。
この「技術である」という点がとても重要です。天才だけができる特別な能力ではなく、練習すれば誰でもできるようになる。つまり再現性があるということです。
起点を「数字」から「関係性」に変えるとどうなるか
多くの歯科医院では、まず売上目標があり、それを達成するためにセミナーでノウハウを学び、実践して結果を出す。このサイクルを回しています。経営を安定させるために大切な考え方ですし、それ自体が間違っているわけではありません。
ホスピタリティの考え方では、起点が違います。
数字目標があってもいい。ただし、最初にフォーカスを当てるのは「関係性の質」です。スタッフ同士の関係性、ドクターとスタッフの関係性、医院と患者さんとの関係性。ここを土台にします。
ホスピタリティは「1対1」の技術だと先ほど書きました。この「1対1」を丁寧に積み重ねていくと、関係性の質が変わります。関係性の質が変われば、スタッフの思考や行動も変わる。結果として数字もついてくる。逆に、数字だけを追って関係性を後回しにすると、どこかで必ず歪みが出ます。
たとえば、キャンセル枠が出たとき。ユニットが稼働しないと売上にならないから院長がピリつく。それがスタッフに伝わって関係性が悪くなり、思考が後ろ向きになり、行動の質が落ちる。よくある光景ではないでしょうか。
「売る」はない、「買いたい」があるだけ。
これはホスピタリティの原理から出てくる自然な帰結です。
サービスの世界では、提供者が商品を「売る」。しかしホスピタリティの世界では、関係性の中で患者さん自身が「この治療を受けたい」と納得するところに導いていく。TCが「売らなきゃ」「自費率を上げなきゃ」と焦るのではなく、患者さんがしっかり理解し、自分で選ぶ。保険でも自費でも、その人が納得した上での選択であればそれでいい。関係性を土台にするとは、そういうことです。
まとめ——サービスとホスピタリティの違いを知ることから始まる
サービスは、いつでも・どこでも・誰にでも同じものを提供する仕組みです。マニュアルを中心に組み立てられ、標準化・均一化によって効率的に価値を届けます。
ホスピタリティは、いま・ここで・この人にとっての最善を、自分で感じ、考え、判断して提供していく技術です。相手との関係の中に身を置き、その人にとっての最善を、自分の判断と責任で提供していく。
この違いを「知る」こと自体が、最初の技術です。
日々の仕事の中で「これはサービス的だな」「これはホスピタリティだな」と見分けられるようになると、自分の判断軸が少しずつ変わっていきます。患者さんへの言葉の選び方、スタッフとの関わり方、経営の意思決定——あらゆる場面で、この視点が効いてきます。
私自身、ホスピタリティに出会ってから10年の試行錯誤を重ねてきました。正直に言えば、孤独な時期も長かった。ノウハウ提供型のコンサルティングとは違う道を歩むことは、説明するのも難しく、理解されないこともありました。
それでも、ホスピタリティを土台にした医院づくりに取り組む中で、少しずつ変化が生まれる医院が現れ、共感してくださる先生方との縁も広がりました。
日本歯科ホスピタリティ協会では、このホスピタリティの哲学と技術を、TC育成を通じて全国の歯科医院にお届けしています。ホスピタリティTC養成スクールでは、現役トップTCによる実践講座と、ホスピタリティ理論に基づいた考え方の両方を学ぶことができます。ご興味のある方は、ぜひ講座の詳細をご覧ください。
FAQ
Q サービスとホスピタリティの一番大きな違いは何ですか?
サービスは「いつでも・どこでも・誰にでも」同じものを届ける仕組みで、効率化・標準化を重視します。ホスピタリティは「いま・ここで・この人に」最善を届ける技術で、個別の関係性を土台にします。良い・悪いではなく、原理そのものが異なります。
Q ホスピタリティは「おもてなし」と同じ意味ですか?
一般的にはそう捉えられがちですが、ここで言うホスピタリティは「おもてなし」や「上質なサービス」とは次元が異なります。哲学者・山本哲士先生が体系化した概念で、哲学(考え方の土台)と技術(状態を変える力)の両面を持つものです。
Q マニュアル対応は悪いことですか?
マニュアルそのものが悪いわけではありません。分院展開や一定品質の担保にはサービス型の設計が有効です。ただし、マニュアルだけに依存すると、スタッフが自分で考えなくなる、患者さんの個別の感情に対応できなくなるという限界が生まれます。
Q ホスピタリティは才能がないとできませんか?
いいえ。ホスピタリティは「技術」です。言語化されているため、学び、練習すれば誰でも身につけることができます。歯科衛生士がSRPを練習で上達させるように、繰り返しの実践によって磨かれていくものです。
Q 数字目標を持つことはホスピタリティと矛盾しますか?
矛盾しません。売上目標を持つこと自体は問題ではなく、大切なのは起点の置き方です。関係性の質を土台にして「1対1」を丁寧に積み重ねていくことで、結果として数字もついてくるという循環が生まれます。
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河合 良一
ホスピタリティTC養成スクール代表 / 一般社団法人日本歯科ホスピタリティ協会 代表理事
歯科業界18年。前職のコンサルタント会社で売上拡大を支援する中で「ノウハウの限界」に直面し、山本哲士のホスピタリティ理論と出会う。以来10年、ホスピタリティを土台にした医院づくりに取り組む。ノウハウを渡すのではなく、共に見つけ、育てる「ホスピタリティ開発者」。
※個々の医院の状況により成果は異なります。本記事は特定の治療効果を保証するものではありません。


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