スタッフが辞めない歯科医院の共通点|ホスピタリティ経営

「異なる糸が一つの布を織りなす」—関係性の質がスタッフの定着を支えるというメタファー。 織物の表面のクローズアップで、複数の糸が穏やかに交差しながら一枚の布になっている様子。

スタッフの離職が止まらない。待遇を改善しても、面談を増やしても、また人が辞めていく——。歯科医院の離職問題を解決する鍵は、待遇や制度ではなく「経営OS(考え方の土台)」にあります。スタッフが辞めない歯科医院に共通しているのは、関係性を起点にしたホスピタリティ経営という考え方です。この記事では、18年にわたり歯科医院の経営支援に携わってきた私自身の経験も交えながら、スタッフ定着の本質についてお伝えします。

目次

なぜ歯科医院ではスタッフの離職が止まらないのか

私は歯科医院への経営支援に18年携わってきました。前職のコンサルタント時代には、マーケティングや仕組みづくりを通じて成果を出してきた自負があります。担当した医院の売上は130〜400%に成長し、地域トップクラスの規模になった医院もありました。外から見れば「成功している医院」に映っていたと思います。

ところが、成長するほど顕在化する問題がありました。見た目ではすごくうまくいっている。講演にも登壇するような先生の医院。しかし内情を見ると、人がずっと辞め続けていたり、ドクターがメンタルヘルスの問題を抱えていたり。そんな現実を何度も目の当たりにしました。

コンサルタントなのに、問題が解決できない。その無力感が2年ほど続きました。

ここで私が学んだのは、スタッフの離職は「条件の問題」ではないということです。給与を上げる、休日を増やす、福利厚生を充実させる。それ自体は悪いことではありません。しかし、それだけではスタッフの離職は止まりませんでした。

思い返せば、当時の私がやっていたことは、離職という「症状」に対する対処療法でした。辞めた理由をヒアリングし、その不満を潰すための施策を打つ。それでも次のスタッフが辞めるとき、理由はまた別のものになっている。モグラ叩きのように個別の不満を潰し続けても、根本は何も変わっていなかったのです。

離職の原因は条件ではなく、もっと深いところ——医院の「経営OS」にありました。

見た目はうまくいっている医院なのに、主力スタッフが疲弊して辞めていく。数字は伸びているのに、院長自身がどこか満たされない。——その経験に心当たりはないでしょうか。

歯科スタッフの離職原因は「経営OS」にある

経営OSとは、医院の意思決定や人との関わり方を動かしている「考え方の土台」のことです。パソコンやスマートフォンのOS(オペレーティング・システム)と同じように、目には見えないけれど、その上で動くすべてのことに影響を与えています。

多くの歯科医院の経営OSは「サービス型」で動いています。マニュアルとルールで行動を管理し、数字目標を設定して達成度で評価し、効率化と標準化を追求する。これは合理的であり、一定の成果が出る方法です。

しかし、サービス型のOSのもとでスタッフがどう感じているかを想像してみてください。「マニュアル通りにやればいい」「指示されたことをやればいい」「怒られないようにやればいい」——山本哲士のホスピタリティ理論ではこれを「他律」と呼びます。他者が決めたルールに従って動いている状態です。

他律的な環境では、スタッフの動機は「せねばならない」になります。仕事だからやる、決まりだからやる、怒られたくないからやる。この状態が続くと、人は消耗します。自分の意思で働いている感覚がないからです。結果として「ここにいる理由がわからない」という感覚が生まれ、離職につながります。

反対に、ホスピタリティ型の経営OSでは「自律」が起点になります。自律とは「したいからする」こと。ただし、これはやりたいことだけをやるという意味ではありません。やりたくないことであっても、自分で意味を理解し、納得して取り組むことは「自律」に含まれます。たとえば上司から指示を受けたとき、「なぜそれをするのですか?」と確認し、意図を理解した上で「それなら納得です」と自分で選び直す。これが自律的な働き方です。

SERVICE OS

サービス型の経営OS

管理・標準化・効率化

マニュアルとルールで行動を統制。スタッフは「せねばならない」で動く。数字目標が起点。

HOSPITALITY OS

ホスピタリティ型の経営OS

関係性・自律・共同

関係性の質を土台に、スタッフが「したいからする」で動く。自律と対話が起点。

スタッフが定着する歯科医院は何が違うのか——3つの共通点

スタッフが辞めずに育っていく歯科医院には、共通する特徴があります。それはいずれも、経営OSがホスピタリティ型に移行している医院です。

①「結果」ではなく「関係性」から始めている

ダニエル・キムが提唱した「成功循環モデル」では、組織の成果は「関係性の質 → 思考の質 → 行動の質 → 結果の質」の順で循環するとされています。多くの医院は「結果の質」——売上や自費率——から入りがちですが、結果を起点にすると、未達のプレッシャーが関係性を悪化させ、思考が萎縮し、行動が受動的になり、さらに結果が出ない。このバッドサイクルに入ると、消耗したスタッフから順に医院を去っていきます。

関係性の質を高める方法は、大がかりな制度改革ではありません。私たちの講座では、ミーティングの冒頭に「クリアリング」という対話の時間を設けることを勧めています。これは仕事とは関係のないプライベートな話を、一人1〜2分ずつ短く行うだけのシンプルな取り組みです。話し終わったら「クリアです」と言い、周囲は拍手をして次の人に回す。たったこれだけですが、こうやってプライベートなことを話すと、ちょっとだけ距離が近づく。関係性の起点はそこにあります。

「そんな簡単なことで?」と思われるかもしれません。しかし、多くの歯科医院では朝礼が業務連絡で始まり、業務連絡で終わります。スタッフ同士が「この人は最近どんなことを考えているのか」を知る機会が、そもそもないのです。関係性とは、相手の背景を知ることから始まります。背景が見えない相手に対して、人は思考を閉じる。思考が閉じれば、行動は受動的になる。このバッドサイクルが、何気ない朝の3分間で変わり始めることがあります。

②スタッフの「自律」を支えている

自律と他律の違いは、外から見える行動ではなく「動機」に表れます。同じ業務をしていても、「言われたからやる」のと「自分で納得してやる」のでは、仕事への姿勢がまったく異なります。

自律的な環境をつくるには、まず院長自身が「指示と管理」から「問いかけと委ねる」へスタンスを変える必要があります。「これやっておいて」ではなく「この件、どう思う?」。答えを渡すのではなく、考える機会を渡す。スタッフが自分の頭で考え、自分で決めたという感覚を持てるかどうかが、定着と離職を分ける大きな境目です。

私たちの講座でも、この自律のスイッチが入る瞬間を何度も見てきました。ある受講者が、相手の背景や悩みを深く知るワークに取り組んだとき、「心配だ」「応援したい」「何かしてあげたい」という感情が自然に湧いてきた。この感情こそが自律のスイッチです。頭だけで「自律しなさい」と言われても人は動きません。相手のことを知り、心が動いたとき、人は自ら動き出すのです。

③「失敗できる安全性」がある

ホスピタリティが起こるには、ホスピタリティの環境が必要です。その環境の根幹にあるのが「失敗できる安全性」です。

マニュアルにない対応をスタッフが自分の判断で行ったとき、「なぜ勝手なことをした」と叱責する医院と、「よく考えて動いたね」と受け止める医院では、スタッフの育ち方がまったく違います。自律を求めながら失敗を許さないのでは、矛盾しています。スタッフは失敗を恐れてマニュアル通りにしか動かなくなり、結局「他律」に戻ってしまうのです。

すべては関係性からスタートした方が、物事はうまくいく。

まとめ——スタッフの定着は「経営OS」の見直しから始まる

スタッフが辞めない歯科医院をつくるとは、待遇改善のリストを積み上げることではありません。必要なのは、経営のOS——つまり「関係性の起点」と「自律の環境」を見直すことです。条件を整えることも大切ですが、それは土台を整えた上でこそ機能します。

まずは明日の朝礼で、業務連絡の前に3分だけ、「最近あったこと」をスタッフ同士で話してみる。それだけでも、関係性の質は少しずつ変わり始めます。スタッフの定着は、小さな関係性の変化から始まるのです。

FAQ

よくある質問

Q 待遇改善ではスタッフの離職は止まりませんか?

待遇改善自体は悪いことではありませんが、それだけでは不十分です。給与や休日は「不満を減らす」要因であって「やりがいを生む」要因ではありません。スタッフが自律的に働ける環境と、関係性の質が伴って初めて、待遇改善の効果が持続します。

Q 「自律」を求めると、スタッフが好き勝手に動きませんか?

自律は「好き勝手」とは異なります。自律とは、自分で意味を理解し納得した上で行動すること。医院の理念や方向性を共有した上で、スタッフが自分の判断で考え動くことを指します。放任ではなく、関係性と対話を土台にした信頼の仕組みです。

Q 少人数の医院でも経営OSの見直しは効果がありますか?

むしろ少人数の医院の方が変化が早い傾向があります。人数が少ない分、院長の姿勢の変化がスタッフに直接伝わるためです。クリアリングのような対話も少人数の方が取り組みやすく、関係性の質が改善されるスピードも速いです。

Q ホスピタリティ経営とは、スタッフに優しくすることですか?

いいえ。ホスピタリティ経営は「甘さ」や「優しさ」のことではありません。哲学者・山本哲士が体系化した概念で、関係性を土台にした自律的な組織運営を指します。必要な場面では厳しさも伴いますが、それが「管理のための厳しさ」ではなく「相手の成長を願う厳しさ」である点が異なります。

河合良一

河合 良一一般社団法人日本歯科ホスピタリティ協会 代表理事

歯科医院への経営支援歴18年。ノウハウ提供ではなく、医院ごとのホスピタリティを共に育てる「開発者」。

HOSPITALITY TC SCHOOL

ホスピタリティTC養成スクールのご案内

「経営OSの入れ替え」を、理論と実践の両面から支援する講座です。スタッフが自律的に育つ環境をどうつくるか——現役トップTCの実践と、ホスピタリティ理論に基づいた考え方の両方を学ぶことができます。

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※個々の医院の状況により成果は異なります。本記事は特定の治療効果を保証するものではありません。

「異なる糸が一つの布を織りなす」—関係性の質がスタッフの定着を支えるというメタファー。 織物の表面のクローズアップで、複数の糸が穏やかに交差しながら一枚の布になっている様子。

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この記事を書いた人

河合 良一のアバター 河合 良一 ホスピタリティTC養成スクール代表/一般社団法人日本歯科ホスピタリティ協会 代表理事

ホスピタリティTC養成スクール代表/一般社団法人日本歯科ホスピタリティ協会 代表理事|歯科業界で18年。難解なホスピタリティ理論を、現場で使える言葉と技術に翻訳する人|山本哲士のホスピタリティ理論・文化資本論を基盤に、歯科医院にてホスピタリティ開発を行う。

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